自動車模型

自動車模型の原点

ミニ四駆の原型にしてもだが、車の原点は日本ではない。その全ての発端としてはアメリカの研究者である『デヴィッド・ブルース』がダイキャストという鋳造を編み出したことが全ての自動車模型のきっかけとなっており、元々は1940年代においてはこれらの鋳造方法で作られらた模型を銀行等に配るなどで営業促進を行なっていたのだ。この話が1940年代のこととなり、その後1950年代にはプラスチックモデルというものが絶頂期を迎えることになった。

ダイキャストの歴史

このような自動車模型の鋳造方法は確かに歴史が深いものの、技術的には奈良の大仏に見られるような砂型鋳造法と比べると比較的新しい歴史となっているのだ。砂型鋳造やそれから発展することになる石膏型鋳造は、鋳込んだ鋳造品ごとに方を破壊しなければならなかったが、その後同じ型から製品を大量に生産する術となる金型が考え出され、やがて溶解金属を圧力にかけて注入する方法、これがいわゆるダイキャスト方の誕生ということになるのだった。

日本においては1910年の頃から大学の金属研究室を中心に行なわれるようになり、1917年には最初のダイキャスト会社が大崎に設立されることになった。当時は鉛・錫・亜鉛を中心とした低融点合金を使用することになっていたが、昭和に入るとアルミニウム・銅合金の素材も使用可能となって、生産の拡大が発展を遂げることになり、第2次世界大戦中は軍需品を中心に年間2,500t程度の生産にまで達するなどの成長を遂げることになった。

戦後1950年代頃までは低迷期が続くことになるが、1952年代以降に関してはダイキャストにJISの導入が始まっていこう、高度経済成長や自動車産業の発展とそれに伴っている、ダイキャストマシンの改良・合金素材の開発が急速に進展することになり、2000年代にはマシンのコンピューター化・大型化も重なって生産性向上と製品多様化が顕著になるのだった。

大人の趣味、ラジコン。

ダイキャスト年表

  • 1838年:アメリカデヴィッド・ブルースがダイキャスト活字の製品化に成功する
  • 1905年:アメリカのハーマン・H・ドーラーがダイキャストの商業生産を始める
  • 1910年:日本でダイキャストの研究が本格化する
  • 1917年:日本で初めてダイキャストの製造が行なわれる。
  • 1922年:国産のダイキャストマシンが製造される。
  • 1935年:軍需産業でダイキャスト製品の研究が発展することになる
  • 1940年:ダイキャスト製造各社に対して統制令を発令し、効率化のために100余社から25社に統合するようになる
  • 1947年:戦後民生品製造にていち早く復興し、日本橋白木屋にてダイキャスト展示会が開催される
  • 1949年:2眼レフカメラボディにダイキャストが使用される
  • 1952年:油圧電気制御ダイキャストマシンが初導入されることになり、それに応じてダイキャストにJISが導入される。
  • 1953年:日本において高純度亜鉛開発に成功する
  • 1984年:日本のダイキャスト生産量が50tを突破することになった。
  • 1988年:コンピュータ制御マシンの導入が本格的に始動することになる
  • 2006年:日本のダイキャストの生産量が100tという大台に突破するようになった。
子供の頃に憧れてたあのモデル…